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徳永英明
徳永 英明(とくなが ひであき、本名同じ、1961年2月27日 - )は、福岡県柳川市生まれ、兵庫県伊丹市育ちのシンガーソングライター、俳優。血液型はA型。| Died =
| Origin = 福岡県柳川市
| Genre = J-POP
| Occupation = シンガーソングライター
| Years_active = 1986年 -
| Label = A&Mレコード
| URL = 徳永英明オフィシャルサイト
}}
略歴
*小学校時代は4回も転校を経験する。
*中学入学時に父親の転勤で、兵庫県伊丹市へ移り住む。
*伊丹市立南中学校、伊丹市立伊丹高等学校を卒業後、大阪観光専門学校(のちに中退)へ。
*19歳で上京し、アルバイトをしながらミュージシャンを目指す。
*オーディション番組『スター誕生!』第44回決戦大会に出場。山下達郎の「RIDE ON TIME」を熱唱するが、惜しくもグランプリを逃す。同じ日に松本明子(グランプリ)、本田美奈子.|本田美奈子も出場していた。
*デビューのきっかけを求めて東京放送|TBS緑山塾に入る。
*乃木坂の喫茶店でアルバイトをしながら、デモテープ製作を行っていた。
*1985年8月、マリンブルー音楽祭でグランプリを受賞したことがきっかけでデビューが決まる。
*1985年10月、東郷神社特設ステージにて行われたロックミュージカル「はらじゅくグラフティ」にトニー役で出演。トニー役オーディションではTRFのSAMとも競い、合格する。
*1986年1月21日、アルバム『Girl』、シングル『Rainy Blue』でRadio Cityレコードよりデビュー。24日には新宿ルイードでデビューライブを行う。
*同年2月8日、朝日放送(ABC)「ヤングプラザ」に出演し、「Rainy Blue」を歌う。メジャーデビュー後、初のテレビ出演。
*同年4月15日、オフィシャルファンクラブ「トニーズクラブ」設立。
*1987年、Radio Cityレコードを同じ文化放送と渡辺プロダクションの合弁会社であったアポロン(後のバンダイ・ミュージックエンタテインメント)に統合、業務移管。
*同年8月、富士フイルム「フジカラー」のCMソングとなったシングル『輝きながら…』のヒットでブレイク。「輝きながら…」が収録されたアルバム『BIRDS』はマイケルジャクソンの2週連続1位の記録を抜いてオリコンチャート1位を獲得。
*1988年12月14日、12月15日、初の日本武道館コンサート。TBS緑山塾時代に宣言した、5年後に武道館でライブをやりたいという目標を実現させた。
*同年12月18日、フジテレビジョン|フジテレビ系ドラマ「悲しいほど好き!」の神崎邦彦役でテレビドラマ初出演&初主演。
*1990年、事務所を独立。プライベートオフィス「マゼラン」設立。1月発売の『夢を信じて』は自身のシングル売上第1位となる。
*同年7月7日、シングル『壊れかけのRadio』をリリース。本人も友情出演のTBS系金曜ドラマ「都会の森」主題歌。ドラマでは黒木瞳と共演し、キスシーンなどで話題に。
*同年10月9日(トクの日)、アルバム『JUSTICE』をリリース。オリコン初登場1位を獲得。
*1991年3月、初のCM出演。カネボウ「ZENITH」(男性化粧品)。CMソングとして「Wednesday Moon」。
*1993年1月、声帯ポリープ手術のため、ツアーを延期。
*同年2月、児童環境づくりのための期間限定ユニット「USED TO BE A CHILD」に参加。『僕らが生まれたあの日のように』をリリース。
*1994年9月、元モデルの女性との結婚を発表。
*1995年、第一子誕生。
*1996年、レコード会社「株式会社アポロン」が、「バンダイ」に吸収され、「(株)バンダイ・ミュージックエンタテインメント」となる。
*1998年、レコード会社をキングレコードへ移籍。
*2000年、バンダイミュージックの解散により、バンダイミュージックから販売されていたCD、ビデオなどが回収される(後に一部再発)。
*2001年1月6日より、TBS「スーパーサッカー」メインパーソナリティーを務める。
*2001年5月、もやもや病(脳血管障害の一種)のため、コンサートツアーを中止。スーパーサッカー降板。
*2002年、もやもや病を克服。レコード会社をユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージックへ移籍するのと同時に、名前の表記を戸籍に登録されている表記である?永英明(正しくは、「英」の草冠の横棒が真ん中で途切れている)に改め、音楽活動を再開。
*2002年11月、CDもしくはDVD購入者を招待し、「トークライブ&more」を開催。
*2005年、映画『シナリオライター☆松本マリコの課題』のエンディングテーマとして、アルバム『MY LIFE』収録の「太陽」が採用される。
*同年9月、女性ボーカルの曲ばかりをカバー|カヴァーしたアルバム『VOCALIST』を発表。プロデューサーに坂本昌之を迎える。ロングセラーを記録し、プラチナディスクとなる。
*2006年、映画『』に町医者・越智太一役で出演(映画初出演)。また、挿入歌「happiness」、「時代」(中島みゆきのカバー)も手がける。「」は銀座テアトルシネマ劇場窓口での特別鑑賞券販売数が同劇場の最高記録を更新。台湾でも上映された。
*2006年12月31日、『第57回NHK紅白歌合戦』にデビュー21年目にして初出場、「壊れかけのRadio」を披露する。
*2007年8月15日、『VOCALIST 3』発売。約30年3か月ぶり、史上2人目の男性ソロアーティストでカバーアルバム1位を獲得。『VOCALIST』シリーズの累計出荷枚数100万枚突破。9月10日付けオリコン週間チャートでは『VOCALIST 3』が3位、『VOCALIST』が8位、『VOCALIST2』が9位と3作同時にチャートインする。
*2007年9月より、全国コンサートツアーを開始。
*2007年12月31日、『第58回NHK紅白歌合戦』に前年に引き続いて2年連続で出場し、「恋におちて -Fall in love-」を披露した。
人物
*端正な顔立ち(若く見えることから童顔との声がある)の持ち主で、女性のファンを魅了する一方、コンサートでは男性客の客席を占める割合も少なくない。
*音楽活動以外にも、映画『シンガポール・スリング』(1993年公開)の企画・原案、TBS系ドラマ『都会の森』(1990年)出演、ラジオ番組『フロム・シーサイド』の司会、TBS系『スーパーサッカー』の司会(病気のため2001年7月に降板)を行っている。
*ややハスキーで澄んだ高音が特徴。
*日常会話では関西弁を用いる。
*2005年に日本テレビ放送網|日本テレビ系『いつみても波瀾万丈』に出演した際、かつてヒット曲を連発した時期、天狗になり高飛車に振舞う自分になっていて、周囲のスタッフがそれを改めさせてくれたというエピソードを話した。
*古谷徹が徳永の熱烈なファンであり、古谷がアベル役で出演していた「ドラゴンクエスト (アニメ)|ドラゴンクエスト」の前期EDの「夢を信じて」を徳永が歌う事を聞いて感激し「夜のヒットスタジオSUPER」に徳永が出演した時に古谷が出演し徳永と対面した。
*ダウンタウン・松本人志の兄で会社役員の松本隆博は、中学時代の友人。
*人口オタクで、人口が話題になったときはテンションが上がる。地図を眺めることも好きらしい。
*デビュー前にアルバイトでカラオケレーザーディスクに出演。サザンの「チャコの海岸物語」や中井貴一の「青春の誓い」など。
*2006年の紅白歌合戦に初出場したが、披露された「壊れかけのRadio」は、リハーサルでは、上げて歌う部分を下げるなど、本来の歌い方より崩して歌った。。そのリハーサルを見ていたSMAPの中居正広(当時は白組の司会)より、「徳永さん、なんでそんなことするんですか。ちゃんとCD通りに歌ってくださいよ。」と言われ、それを聞いた瞬間、「テレビの前の人たちは、この曲をCD通りに歌うことを望んでいるに違いない。」と思い、本番ではCD通りの歌い方で披露された。
*以前は喫煙していたが、もやもや病から復帰してからは、禁煙している。ときどき吸いたくなることもあるようだが、できるだけ副流煙も吸わないように努めている。
*最近では、サイクリングやサーフィンを趣味として楽しんでいる。

